大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)31号 判決

静岡県浜松市中沢町一〇番一号

上告人

ヤマハ株式会社

右代表者代表取締役

川上浩

右訴訟代理人弁護士

内藤義三

同弁理士

飯塚義仁

大阪市住之江区新北島三丁目七番一三号

被上告人

ローランド株式会社

右代表者代表取締役

梯郁太郎

右訴訟代理人弁護士

島田康男

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行ケ)第二一九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年一一月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人内藤義三、同飯塚義仁の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原審が所論の証人申請を採用しなかったことにも、所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成二年(行ツ)第三一号 上告人 ヤマハ株式会社)

上告代理人内藤義三、同飯塚義仁の上告理由

上告理由第一点

原判決は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(特許法第二九条二項)についての解釈を誤り、この点を実際以上に広い範囲での知識を備えた者を基準としたものであり、この誤りは「容易推考」かどうかの判断基準に直結するので、判決に影響すること明かである。

一 原判決は、この点について、次のように判示している。

「・・・説明されているのであるから、第一引用例記載の音量制御装置のうちのアナログ処理による時間計測技術に代えてクロックパルス計数手段を適用することは、電子楽器の技術分野に属する者にとっても格別困難なこととは認められない。この点について、原告は、本件発明の出願当時においては、電子楽器技術者のデイジタル技術に対する関心が低く、第二引用例のようなデイジタル処理を内容とする文献には目を通すことは期待できず、また、第二引用例は、工業用の検査機器に関する内容であるから、異なる技術分野に属するものである旨主張する. しかしながら、前掲甲第三号証(第一引用例)、成立に争いのない甲第四四号証(電子楽器と電気楽器のすべて)および乙第七号証(無線と実験)によると、

「電子楽器」や「電気楽器」とは、楽器における本来の機械的ないし物理的手段の一部または全部に代えて、電子的手段を取り入れて、所定の機能を発揮させるように変更したものの総称であると理解されるから、これに従事する技術者は時間的計測手段を含め楽器の機能向上に関連する電子的技術に通じているものと認めることができる.しかして、右の電子的手段にはアナログ手段だけではなく、原告のいうデイジタル手段も含まれているものということができるところ・・・」

二 右判示は一見するともっともらしい説示に見受けられるが、よく分析すれば、実は「理想」と「事実」を同視した表現であり、このような進歩性の判断基準では、およそ他の技術分野からの転用発明というもの自体を否定するものであって、誤った解釈と言わざるを得ない.

すなわち、電子楽器が、「楽器における本来の機械的ないし物理的手段の一部または全部に代えて、電子的手段を取り入れて、所定の機能を発揮させるように変更したものの総称であると理解される」ということはそのとおりであるが、そのことから電子楽器の当業技術者が、「時間計測手段を含め楽器の機能向上に関連する電子的技術にすべて通じているもの」ということには、極めて問題がある。

前者は、電子楽器(電気楽器)の技術分野の技術としての内容を示したというよりは、その技術の概念を言棄として日本語で示したものに過ぎない。

三 ある分野の技術について、その言棄の概念に含ませることができるものは、すべて同一技術分野であるということはできない。

例えば、旧来の調理器の技術分野を考えて見ればこのことは明らかである。

すなわち、旧来は、鍋、釜等の煮炊きする道具が考えられており、火力が強いとか、錆びにくいとか各方面での改良は考えられていたが、極超短波の電磁波で加熱調理しようということまでは、当業者において考えられていなかった。

そこで、もし調理器の技術者の中で最初にその着想に思い至った者がいれば、異なった技術分野(電磁波技術)からの転用発明として発明性が認められる筈である。

しかしながら、この原判決のように、調理器とは加熱手段を用いて料理材料を加工するもの、↓したがって、その機能を向上させる技術(調理器技術)は当然この分野に含まれる、↓そうならば、加熱手段の一つである極超短波の技術も当然それに含まれる、ということになってしまうのであって、これが矛盾であることは明らかである。

四 要するに、原審原告主張から明らかなように、本件では工業用の検査機器における時間計測技術を電子楽器に転用することが容易かどうかが問題になっているのである。

そこで、技術分野の問題になるのであるが、原判決は右のように、電子楽器の機能向上に有益な技術は全て電子楽器の技術分野に属するという判断手法を用いている。

しかしながら、他の分野の技術からの転用ということは、従来はその機能向上に有益とは一般に考えられていなかった他の分野の技術を、当該技術分野に導入することによって有益な結果を得ようというもの、さらにはそのことに技術者が気付いたということによって成立するものである。

だから、その機能向上に役立つ技術は、すべてその技術分野に属するとしたのでは、およそ転用が容易かどうかを判断したことにならない。

すなわち、右判決の論理は、一見演繹的手法に見えても、実はトウトロギーにもなっていないものである。

五 すなわち、転用技術が問題になるのは、従来他分野で使われていた技術を、その分野に導入することによって、より優れた効果をあげようというものである。

より優れた効果を上げ得るということは、とりも直さず客観的には「機能向上に関連する技術」であったことになる。

しかし、実際の当業技術者は、そのことに気付いていないか、漠然とは気付いたとしても実際には諸般の状況により本腰を入れて研究しないために、主観的には「機能向上に関連」しない技術と思われていたものに、あえて取り組んで成立する発明が転用発明である。

この客観と主観のギャップの間に成立するのが、転用発明である。

しかるに、右のように「機能向上に関連する技術」は、同じ分野の技術であると解したのでは、およそ、転用ということが成立しえず、転用発明は否定することになるから、原判決は、当業者に関する法的解釈を誤り、その結果本件発明の進歩性判断を誤ったものである。

上告理由第二点

原判決は、発明のもたらす論理上必然的な効果について、一方で自明の効果であることを理由に、他方で特許請求の範囲に記載されていないことを理由に、その効果を否定したものであるので、容易推考の基準となるべき作用効果についての解釈を誤ったものである.

この誤りは「容易推考」かどうかの判断基準に直結するので、判決に影響すること明かである.

一 原判決は、この点について、次のように判示している。

「本件公報の「発明の詳細な説明」欄には、本件発明の奏する作用効果として、前記認定のとおり(〈1〉(三))〈1〉ないし〈5〉の事項が記載されているところ、〈1〉の「集積化が可能な簡単な構成で精度のよい押鍵速度検出回路が得られる」ことは、第一引用例におけるコンデンサの放電特性を利用したアナログ処理による時間計測技術に代えてディジタル処理による時間計測手段を用いたことによる自明の効果であり、また、第一引用例記載の音量制御装置においても、本件発明と同様に押鍵速度検出回路を利用しているのであるから、〈2〉の事項をもって本件発明の格別の効果とみることはできない。」

「〈3〉「記憶波形のパターンを適宜設定することによって出力電圧レベルをそのまま維持して利用することが可能で、電圧の利用率もよく、一方、きわめて運い押 速度に対してもある所定の出力レベル信号をうるようにすることもできる」との事項は、本件発明の特許請求の範囲に規定されていないことの明らかな、「レベル波形記憶装置」および「エンベロープ波形記憶装置」の作用に基づく効果というべきであるから、本件発明に特有の効果とはいえないことである。」

「また、〈4〉の「クロックパルス発生器のクロックパルス周波数は外部から可変できるように構成できるから、電子楽器の演奏中でも押 速度に対する出力信号の振幅の関係を可変できる」ことは、クロックパルス発生器のクロックパルス周波数を外部操作により楽音に適するように可変するため具体的構成が本件発明の特許請求の範囲に規定されていないし、「発明の詳細な説明」欄にも何等記載されていないので、本件発明に固有の効果とみることはできない(クロックパルス周波数の変更を通常の態様で行うのであれば、その効果は格別のものとはいえない.)」「更に、〈5〉の事項は、第一引用例におけるコンデンサの放電特性を利用したアナログ処理による時間計測技術に代えてディジタル処理による時間計測手段を用いたことによって、当然に得られる効果であるから、格別のものではない。」

二 ところで、容易推考かどうかの判断基準として、判例は作用効果の顕著性ということを重視し、これは特許庁の審査基準にも取入れらていることはいうまでもない。

これは、容易な発明といっても困難な発明といっても、元々個人の能力には差があり、平均的当業技術者にとっての容易、困難の判断は非常に難しいことであることから、優れた効果を上げ得る発明であるのに、誰もそれを発明しなかったということは、その発明が容易ではなかったことの、最良の証拠であるとみなす考え方である。

作用効果の顕著性ということが、そのような意味のものとすると、その作用効果は、その構成から出てくる当然の効果であって悪い理由はない。

ガスや石油を使うと、排気ガスがでるということが問題になれば、それを解決するために、電気加熱を利用しようという発明は、誰一人として電気加熱の発明をしていない場面では発明性がある。

電気加熱であれば、ガスや石油のような排気ガスがでないということは当然のことだからといって、それを否定したのでは、誰もそれを考えつかなかったのにその発明者だけが発明できた事実を軽視するものである。

トランジスタの発明の最大の効果は、ヒーター(フィラメント)による加熱不用ということであったが、これも真空管のようにヒーターがないから、論理上当然のことであったが、その効果の顕著性を否定する技術者はいない。

本件発明における、「集積化が可能」(ICのチップ化できる)ということは、現在のように全ての機器の内部が集積化されることによって、高い精度を確保しながら、大量生産が容易になっている事実を見れば、その意義がいかに大きいかは明らかであろう。

したがって、〈1〉点、〈5〉点の右効果の顕著性を、論理上「自明」という理由だけで、それを否定することは、容易推考の基準としての作用効果の顕著性についての不当な解釈と言わなければならない。

三 次に、原判決は、〈3〉〈4〉の効果に付いて、「特許請求の範囲」に記載されたことから直接発生する効果ではないとの理由で、その効果の顕著性を否定しているが、これも作用効果についての解釈を誤ったものである.

これまでの議論では、原判決は構成要件上論理必然の自明な効果であることを、効果の顕著性の否定の理由に用いているのであるが、ここでは構成要件自体の効果ではない、言い替えれば構成要件だけから論理必然にもたらされる効果ではないということを理由に、効果の顕著性を否定しているのであるから、むしろ判決の論理自体も一貫していないと言わなければならない.

ところで、構成要件とその効果の関係についてであるが、例えば「省電力」にできるので、したがって「携帯型」にもできるという発明を考えてみれば、構成要件自体で特定されていない効果についても、効果の顕著性として評価できる場合があることは明かである.

すなわち、「大電力」を消費するものは、電池の能力からいって大量の電池が必要なため、「携帯型」にするのは無理であるが、「省電力」型であれば、最近のワープロ等のように、「携帯型」も可能である。

「携帯型」にできるかどうかは、どの程度「省電力」にできるかどうかにかかっており、もし多くの技術者が「省電力」に成功しない中で、初めに「省電力」に成功した発明があれば、それは発明として評価される。

ところで、他方「携帯型」といえども、電池(場合により太陽電池も考えられるが)は、必須であり、これなくしては動作しない。

しかし、「省電力の」発明は「省電力」の発明であって、「電池」に発明がある訳ではなく、「携帯型」の電子機器に「電池」が必要なことは自明の常識に属する。

また、多くの実際の機器がそうであるように、「携帯型」の機器だからといって、電灯線でも使えるようにしておくことも、自明の常識に属する。

このような場合、「省電力」の発明の特許請求の範囲に、「電池」の使用を特定していなければ、「携帯型」にできるという「顕著な効果」を主張できないとしたら、極めて大きな矛盾である.

「省電力」でない場合には、「携帯型」にすることが不可能ないしは困難であることが明らかなのに、その発明の進歩性問題とは全く関わりのない「電池」を、おざわざ特許請求の範囲に書いて置かなければならないことになるかりである。

これを前記〈3〉について言えば、

原判決は、「記憶波形のパターンを適宜設定することによって出力電圧レベルをそのまま維持して利用することが可能で、電圧の利用率もよく、一方、きわめて運い押 速度に対してもある所定の出力レベル信号をうるようにすることもできる」との事項は、本件発明の特許請求の範囲に規定されていないことの明らかな、「レベル波形記憶装置」および「エンベロープ波形記憶装置」の作用に基づく効果というべきである」としている。

まず、予め設定しておい情報を利用しようという場合等、およそ何かを記憶させて、その記憶させた内容を利用しようという場合、「記憶できる部品」、言い替えれば「記憶素子」が必要なことはそれこそ論理必然で、当業者の常識に属することはいうまでもない(原判決は「レベル波形記憶装置」「エンベロープ波形記憶装置」という表現を用いている。記憶素子として何をどう用いるかは本件発明では問題にしていない.)。

このように、「論理必然」「当業者に自明」の事柄について、特許請求の範囲において明示しておかなければ、「記載がないことは、存在しないものとみなす」という考え方に基づいて、その効果を主張できないとしたのでは、元々当業者を対象として、その発明を開示せよという特許制度の趣旨に照らして、極めて矛盾である。

しかも、より重要なことは次の点である。

もし、従来の技術においても、同じように記憶素子を適当に用いれば、本件発明と同様の効果が得られるというのであれば、その記憶素子の用い方についてもさらなる特定がなされていなければ、それは発明の効果として主張できないとするのであれば、原判決の考え方も是認できる。

すなわち、本件発明では、適当な方法で記憶素子を用いることによって、まず、得られる信号自体を自由な態様に制御できるという効果(原判決のいう、「きわめて運い押 速度でも・・」)、又得られた信号を自由に加工、修正できること(原判決のいう.「適宜設定することによって・・・」)が可能であることは原判決も否定していないところであるが、従来のアナログ技術においても、同様に記憶素子を用いることにより、工夫さえすれば、右と同様の効果が得られるという場合であれば、さらに本件の特質を生かした、より合理的な記憶素子の応用手段が特定されていなければならないと、考えられる。

しかし、そうではなく、従来のアナログ技術では、いかに記憶素子の使い方を工夫しても、本件発明のように「記憶波形のパターンを適宜設定することによって出力電圧レベルをそのまま維持して利用することが可能で、電圧の利用率もよく、一方、きわめて運い押 速度に対してもある所定の出力レベル信号をうるようにすることもできる」との効果は得られないのであるから(この事実は原判決も否定していないし、これを否定する証拠は一つも提出されていない)、やはり、この効果は本件発明の効果という他はないであろう。

四 次に、〈4〉については、原判決は

「クロックパルス発生器のクロックパルス周波数は外部から可変できるように構成できるから、電子楽器の演奏中でも押 速度に対する出力信号の振幅の関係を可変できる」ことは、クロックパルス発生器のクロックパルス周波数を外部操作により楽音に適するように可変するための具体的構成が本件発明の特許請求の範囲に規定されていないし、「発明の詳細説明」欄にも何等記載されていないので、本件発明に固有の効果とみることはできない(クロックパルス周波数の変更を通常の態様で行うのであれば、その効果は格別のものとはいえない。)」

としているが、これも電子機器として当業者の常識、むしろ自明の事柄に付いても、特に特許請求の範囲でことわらなければならないとしたもので、全く不当である.

この点の効果も「クロックパルス」という言葉の意味から理解いただけると思うが、簡単に説明すると次のとおりである。

従来の技術では、一つ一つの鍵について、「時定数」を有するアナログ回路の「部品」を変更することによって、この振幅の変更を行なっていた。

いわば、家の中に何台ものぜんまい式時計があって、それぞれの「振子」に基づいて時間を計っているようなものである。

これに対して、本願発明は「クロックパルス」方式であるので、一定の周波数のバルスに基づいて計るのであるから、電灯線の周波数に基づいて計るようなものである.

したがって、電源同期型の時計は、電灯線の周波数が50サイクルから60サイクルに変われば、自動的に多くの時計のスピードが二割アップすることになるのと同じように、供給されている「クロックパルス」の周波数さえ変えれば、いちいち一つ一つの時計は調整しなくともよいことをここで言っているのである。

もちろん、このようなことは、従来の振子式の時計では、やろうと思っても、逆立ちしても(原理上)できないということなのである。

もし、無理にでもそうしようとすれば、一つ一つの振子を調整する、楽器で言えば一つ一つの鍵についての「時定数」、すなわち「部品」を調整しなければならないがら、その制御は本件特許発明とは比較にならないほど困難性を有する。

もちろん、ここでは周波数を変える技術というものは、それ自体は当業者にとって、常識、否自明の技術であることを前提としている。

例えば、市販のラジオやテレビから理解いただけるように、発振周波数をつまみ、すなわちボリュームで変えられるようにしておけば済むことは、それこそ「論理必然」であり、何等の技術を要する問題ではない。

そして、このように「つまみ」一つで、何十個以上の鍵盤の分を、それも演奏中でも瞬時に変えられることは、楽器として絶大なる効果であることは明らかである。

要は、この〈4〉についても、この効果は本件発明の効果という他はないであろう。

さらに、この〈4〉では、原判決は「通常の態様」ならその効果は「格別のものではない」としているが、このところは上告人には理解できないところである。

すなわち、右に説明したように、本願発明では、基本となる(各鍵に送られている)クロック周波数を変更さえすればよいのに対して、従来のアナログ技術では、そのような一律の変更は不可能である。

これが、多数の鍵を制御する電子楽器において大きなメリットであることは、事柄の性質上明かである。

これに対して、原判決が「格別のものではない」という意味は、従来のシステムでも同様な手段でも、変更ができた筈と誤解したのか、それとも、電子楽器といっても鍵は二-三個程度?だろうから、一つ一つの変更が大変でも全体としてたいしたことがない?とでも考えたのか、趣旨は不明であるが、少なくとも、この問題に関して、通常の切り替え手段とはどういうものか、又その通常の手段なら、その効果は少ないのかどうかに関する証拠は、原・被告双方から後述の証人申請を除いては一点も提出されていないのであるから、後述するように審理不尽、唯一の証人の却下という問題にもつながるものである。

いずれにせよ、従来技術では(原理上)不可能な応用手段を可能にしたという場面において、その応用手段を特定していなから、その効果は斟酌できないという解釈が誤りであることは明かである.

五 以上〈3〉点、〈4〉点に共通する問題は、部品ないしは一部の回路の発明における進歩性(効果の顕著性)という問題である。

発明が、一つの完成品全体についてなされている場合は、構成要件(特許請求の範囲)の内側だけで、その効果を考えればよく、その場合他と組み合わせた場合の効果については、組合せいかんによって千差万別であるから、組合せ方も特定されなければ、その組み合わせた場合の作用効果は酌しないという考え方に合理性が有ろう.

しかしながら、発明が部品ないしは一部の回路についてなされているとき、これと同じ考え方では、その結論は著しく不当なものとなる。

例えば、「ネジ」について、「硬い」とか「軽い」とかの発明がなされた場合、一本の「ネジ」が少々硬かろうが軽かろうが、その効果がどの程度の意味を有するのか、重大な発明か、それとも誰にでも考えつく発明かの判断は困難である.

むしろ、たかが「ネジ」一本だけを見ていたのでは、顕著な効果とは判断できないであろう.

しかし、「硬い」「ネジ」を希望する分野が多く、ネジ止めしたいとは考えられていたが、従来の「ネジ」では硬度が不足していたため、別の複雑な手段で固定していた分野が有れば、その用途の存在を考えれば、その効果は極めて顕著なものといえる。

「軽い」ということも同様で、何トンもの機器において、一本や二本のネジがコンマ数グラム軽くなっても、何の意味もないであろうが、「キログラム前後の機器で、人工衛星等にも使われる機器で、数十本はネジが使われるという場合を考えれば、一本が仮にコンマ」グラム軽くなっても、その効果は顕著なものと言える。

そして、留意しなければならないのは、ここでも発明は「ネジ」についてなされているのであって、機器全体になされている訳ではなく、かつそれらの機器自体は周知ないしは公知だということである。

このような発明において、原判決の論理を貫徹させて、硬い用途に用いる場合の効果をいうのであれば、その硬い用途や軽量化が求められる用途が請求の範囲に特定されていなければならないとしたのでは、およそ新技術の効果に対する適正な評価ということはできないであろう.

本件発明は「電子楽器の押 速度検出装置」であって、電子楽器全体についての発明ではない。

このような発明においては、この発明を電子楽器に用いた場合、従来公知の技術、回路と組み合わせることによって、顕著な効果を挙げられるというのであり、かつ従来の押 速度検出装置では、それら従来公知の技術、回路と組み合わせることばできない(あるいは無理に組み合わせても同様な効果は得られない)というのであるから、この効果の顕著性は素直に評価すべきである。

なお、このように発明が「部品」についてなされている場合、その作用効果はその部品だけについて考えるのではなく、その部品が利用される状況も考慮の上、作用効果を判断した事例としては、デジタル回路の「バッファ回路」についての東京高裁昭和六〇年(行ケ)第三五号、同六三年一二月一三日判決がある。

「バッファ回路」(緩衝回路)との名称から理解いただけるように、この発明は電子回路として何かをするという回路ではなく、本来の機能を有する回路と回路の間をつなぐだけの「部品」である。

したがって、その作用効果といえば、両側に接続される回路を含めて判断して、初めてその実際の効果が判断できるものである。

そしてこの判決では、もちろん、この「バッファ回路」が利用される機器全体を前提として、右発明のバッファ回路が、処理スピードのアップにつながるという作用効果を発揮できることを認定し、それにより容易推考と判断した原審決を取り消している。

原判決は、このような点から見ても、作用効果の意義に関して、解釈を誤ったものというべきである。

上告理由第三点

原判決は、最も主要な争点に関して、唯一の証人の請求を却下し、取調べなかったものであるので、審理不尽として取り消されるべきである。

すなわち、本件においては、主要な争点として、本件発明の構成からいかなる効果が得られるか、より正確に言えば、本件発明の構成は、当業者に周知、自明な手段と組み合わせると、電子楽器としていかなる効果が得られるかが争点になっているのである。

そこで、前記したような効果のあることが明細書で触れられている事実は、特に証人調べを要する事項ではないが、そのような効果を達成する具体的な組合せ例がどのようなものか、そしてそれらは当業者にとって本件明細書の内容さえ理解できれば、自明の手段に属すること、さらにその効果は電子楽器としては極めて応用範囲が広く、大きなメリットであること、について立証するために、上告人は証人として発明者の一人である内山泰次を申請した。

その立証趣旨、尋問事項が右のように、本件発明の作用効果であることは、一九八九年五月二五日付の証拠の申し出書により明かである。

しかるに、原審は右証人申請を却下し、他に何等の証人を調べることなく、以上の通り判断して、上告人の請求を棄却したものである。

なお、この種特許事件においては、原則として書証によって判断すべきであり、証人調べは例外に属する、という考え方がある.

これは、公知技術等の技術上の事項については元々無効事由が法定されていて、証人によらねばならない必要性が少ないこと、明細書の解釈は法律問題であり、前提として技術的な原理や理論が争われたとしても、原理や理論は文献の形になっているものがほとんどであること(文献に記載されていないような、その証人だけが知っている原理や理論はそれ自体判断の基準とはなりにくい)等からそう考えられているのである.

しかしながら、本件のように、ある構成によって周知、自明手段と組み合わせた場合の効果が大きいかどうかについては、その組合せはその発明によって初めて登場する組合せであるから、既成の文献等には記載されておらず、発明者自身の供述を必要とする場面である。

特に、原判決は、前記〈4〉点の問題について、「通常の態様」ならその効果は「格別のものではない」としているのであるが、その効果がいかなる意味で「格別のもの」かどうかについては、何等触れられていない。

原判決に触れられていないのも当然で、原審では、「通常の態様」とはどういう態様か、「通常の態様」と組み合わせた場合の効果はどういう効果かについては、右証人申請を除けば、何等の証拠も提出されておらず、したがって「格別」かどうかを判断する資料が存在しないからである。

以上のとおり、原審判決は、上告人が主張し、そして(適当な書証が存在しないので)唯一の証人によって立証しようとした事項について、その証人申請を却下し、その点に関する上告人主張を否定したものであるので、「立証の途を途絶して、立証なきを貢める」(最高裁昭和五二年(オ)第五九一号、同五三年三月二三日判決)ものであって、違法と言わざるを得ない。

以上

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